2011年10月10日月曜日

憧れてたこと

陶芸を始めた頃、ルーシー・リーにはまりました。
ある日、彼女の作品が載っている雑誌を読んでいたら
黄色の溶岩釉の花器を水差しに見立てた写真を発見。
「彼女の作品を使ったお茶会を見たい!」とウットリ♡

それから時が経ち。ベルント・フリーベリの器に一目惚れ。
買うお金も無いのにギャラリー北欧器を訪ねて
キラキラした小さな器たちをジトーっと眺めていました。
至極アバウトに「いつか買うぞ」と決めました。

さらに時が経ち、本日。
MA2ギャラリーで2人の器を使う茶会があると聞き、恵比寿へ!
使う器は、コーゲにフリーベリから好きなもの。(私は右端の器)
「ルーシー!!」と思って参加したのに、彼女の茶器は撮り損ね。。
夢にまで見た茶碗でお茶を頂きました。
素直に有難いと思いながらお茶を頂くと、自然に所作に思いがこもる。
器を重んじるお点前や、客として器を拝見する方法には、ある程度デフォルトがあります。
でもそれを「ただの動き」にしたり、動作をカッコよくする事に重きを置くのは
私は受け入れられないし、ドン引いてしまう。
茶道の稽古は、そういう為の稽古ではないと思うから。
素直に大好きな器でお茶を頂いたことで
教わってきた所作の意味や理由が少し分かりました。
憧れの器を手に取れたのはもちろん、それも嬉しかったなぁ。